オフシーズンのファンマーケティング
- 2019/5/21
- 特集, 特集個別ページ
- スポーツブランディングジャパン, ファンマーケティング, プロ野球チームのマーケティング, マーケティング, 日置貴之, 横浜DeNAベイスターズ, 河村康博
ゴールデン・スポーツイヤーズを控え、市場拡大が期待される日本のスポーツ産業。一方、先月号でお伝えしたSportInnovationSummit(SIS)では、欧米に比べ日本は潜在力を活かしていないという意見も出た。ここではプロチームの取組みを紹介し、ビジネス視点でのプロスポーツのあり方、ファンマーケティングにおけるイベント活用を考える。
1) 顧客視点がスポーツをビジネスにする
スポーツブランディングジャパン株式会社 マネージングディレクター
日置貴之さん
現在NFL、UFC、ESPNなどの日本におけるマーケティングを手がけるかたわら、日本ハムファイターズのブランディング業務、栃木日光アイスバックスのGMなどを務め、日米のプロスポーツをビジネスサイドで牽引してきた日置貴之さんは、現在の状況をどうとらえているのか。
ドアをあけるとスターが…
スポーツには勝ち負けという不確定要素が、集客と収益に大きな影響を及ぼします。
一方、健全な事業経営とは、コントロール可能な領域で、確実性を上げ継続的に活動していくこと。だから成績に左右されないマーケティングが必要です。
プロスポーツのマーケティング活動は、実はオフシーズンがもっとも活発になります。オフに入るとまず、前年度の施策と収益状況を徹底的に分析し、課題を抽出。来季のアクションプランやマーケティングのストーリーをつくります。それに基づき、スポンサーへのセールスやシーズンチケットの販売などの営業を進めます。シーズンチケットを買ったファンの家に、サプライズでスター選手が届けにいくというプロモーションが話題になったこともあります。
試合のない間もファンとのエンゲージメントを高めるために、イベントも大切な要素になっていて、ドラフトやスカウティングコンバイン(プロテスト)のイベントはNFLネットワークの人気コンテンツになっていますし、コンバイン・エクスペリエンスという、ファンがプロテストを体験できる参加型イベントもとても人気があります。
顧客第一主義でルール改正
アメリカのスポーツは他のビジネスと同じように、顧客視点で設計されています。4大スポーツではシーズン棲み分けされ、カレッジスポーツとは試合の曜日が重ならないようになっています。これはテレビ局などの強い力が働いたというよりも、視聴率や観客動員を最大化するというビジネスマインドが働いて、自然にそうなったのではないかと私は考えています。
NBAの3ポイントエリアはオリンピックなどの国際ルールより遠くなっているのをご存知ですか?これは迫力のあるゴール周りの接近戦を増やすための改正です。ルールが神聖不可侵なのではなく、観客がより楽しむために、競技や選手のほうがアジャストするという考え方をしています。
富裕層マーケティングを
もう一つ大きな違いは、リッチな観戦体験とプライシングです。サッカーのアーセナルのエミレーツ・スタジアムでは、VIPの入口が別なのはもちろん、試合前に選手のロッカールームに入れたり、スタジアム内のVIPルームでは、試合前にベンゲル監督(当時)が挨拶にきて、一緒に写真をとったり、そんな体験ができるのなら喜んでお金を払いますよね。高額で高付加価値のサービスが売れるのに、それを用意してないのは機会ロスです。
スタジアムを聖地化する
スタジアムに行くこと自体が目的になること、そんなブランディングを私は“聖地化”とよんでいます。聖地化には情緒価値と機能価値のいずれかを追求していきます。
情緒価値というのは、野球のヤンキースタジアムのように、選手自身がここでプレイすることに誇りをもっていることをファンも知っているとか、ノートルダム大の選手がフィールドに向かう通路にある”playlikeachampiontoday”のボードをたたく定点カメラの映像を定番化したり、といったものです。
日本チームでもドーハの悲劇やジョホールバルの歓喜、ラグビーの花園や野球の甲子園など、メディアがスポーツの魅力と球場を結びつけて聖地化してくれた例もありますが、チーム側も丁寧に地元とチームを結びつけるストーリーを蓄積していくことが重要です。
もう一つの機能価値ですが、技術を前面に押し出すのではなく、何があるかは気づかないけれども快適だ、というホスピタリティが好まれます。たとえば、飲食店のレイアウトやメニュー、客席の案内人の対応など、家族全員が快適な時間を過ごせる配慮でしょうか。
昨年のスーパーボウルの会場となったミネソタのUSバンク・スタジアムは、わたしが大好きな球場の1つですが、天井や壁がガラス張りな上に、入った瞬間にフィールド全体が見渡せて、別世界にきた感覚にしてくれるのは素晴らしいですね。
地元とチームの一体感をつくることも重要です。私がGMを務めたホッケーの栃木日光アイスバックスではチームカラーのオレンジ一色にスタジアムを染めて、ファンの皆さんもオレンジの服を着てもらうといったキャンペーンもしました。
日本ではスタジアムが公設で、チームは民間と別事業体であることが多く、スタジアムの改装もむずかしいという状況がありましたが、昨今プロ野球では、球団が球場の運営に関わるなど変化がおきています。
また、今回お話ししたスポーツビジネスの課題について、日本のスポーツチームのなかで、すでに課題に取組み、進化を遂げているところも増えています。しかし、人気があるのにビジネスが成立していないリーグがあることも事実で、その潜在力を活かすことが、日本スポーツの活性化につながると考えています。
2) ファンとの距離を縮める繰り返し
株式会社横浜DeNAベイスターズ ブランド統括本部広報部 広報グループ グループリーダー
河村康博さん
横浜DeNAベイスターズは、2011年12月に新球団誕生。2年目には連続最下位から脱出、Aクラス入りや日本シリーズ出場など成績を伸ばしてきた。それ以上に注目されるのがファンとのユニークなコミュニケーション。2011年シーズンと比べ、観客動員1.8倍、ファンクラブ会員数14.4倍と飛躍的に増やした取組みを広報の河村康博さんにうかがった。
エンタメ型スタジアムに
いま横浜スタジアムは増築・改修工事をしています。客席を約6000席増設するだけでなく、屋上テラス席や個室観覧席、回遊デッキなど、さまざまな要素を盛り込んでいます。実はすでに、数種類のボックス席を導入していて大変好評いただいています。横並びに座り10リットルのビールサーバーがあるスカイバーカウンター、小さなお子さんがいる家族向けに靴を脱いでくつろげるリビングボックスシートなど、通常の席と比べて一人当たりの料金は少し高めなのですが、ボックス席から先に完売になるほど人気です。
こうした席を用意した背景に、「コミュニティボールパーク」化構想というものがあります。ただ競技を見る場所から、野球観戦を中心としたエンターテイメントの提供というふうに進化しようとしています。野球の楽しみ方は人それぞれでいい。イケメン選手を応援したいとか、お酒を飲みながらウンチクを語りたいとか。野球を軸にしたコミュニケーションの場になればいいと思っているんです。
横浜スタジアムはすでに横浜公園の中にあるボールパークなのですが、チケットを買って球場に入るところで精神的な壁があるように思います。その見えないハードルをわかりやすく取り払うために、センタービジョンの真下をDREAMGATEとして開放し、公園内を歩いている人が球場のなかを覗けたり写真を撮れたり、早朝にここからグラウンドに入ってキャッチボールできるようにしました。
野球出身者でないからできた
球場を観戦の場からエンターテイメントの場にするために取り組んだこととして、いろいろな体験を提供するイベントを実施しています。
たとえば3回裏終了後にお客様が外野フライを取れるか挑戦する「ドッカーン!FLYCATCH」は、お客様どうし応援して盛り上がりますし、フライを簡単に取る選手の凄さも伝わります。
また、GWには試合終了後に球場でテント泊をする「グラウンドキャンプ」を行い、夜のスタジアムツアーやハマスタ野球盤を実施しました。このようなプロ野球出身者には怒られそうなことを実現できたのは、2016年まで社長を務めた池田純を中心に、お客様がどうすれば楽しんでくれるかを徹底的に考えて、失敗してもいろいろと試してPDCAを回した結果だと思います。
DeNAが親会社なので、IT系のリソースが強みと思われるのですが、実は挑戦するという企業文化がいちばんの資産なのかもしれませんね。
パイプを詰まらせないように
オフシーズンの活動も力を入れています。
ファンフェスティバルの開催はもちろん、17年にはハマスタレジェンドマッチを開催。歴代のOB選手がプレーし、スタジアムの歴史を共有しました。
ドラフト会議のパブリックビューイングでは、OBの野村弘樹さんの解説などもあり、皆さん楽しんでくれました。
イベントではないのですが、「FORREAL」というドキュメンタリー映像を制作し、劇場公開、DVD発売、書籍化をしています。一年間チームに密着して、試合の裏側での、選手たちの悩み、葛藤、怒りなど等身大の姿を描くシリーズで、チームのプロモーションとはまったく異なる作品です。今年はチーム成績を反映してとくに重苦しい内容になっていますが、選手がどんな想いで戦っているかを伝えることは、試合がない間のお客様との大切なコミュニケーションとなっています。
現社長の岡村信悟(2016年就任)は、「ファンとチームのパイプが詰まらないようにメンテナンスする」とよく言います。双方の強い想いをうまくつなぐこと、同じゴールに走っていくようにすることが、球団の仕事でありファンコミュニケーションなのだと思います。
■編集後記
企画段階では、イベマケの読者にプロ野球チームのマーケ担当者が多い、というところから、12球団のマーケティング戦略を比較・分析、というアイデアもありましたが、いつもながらページ数に限りがあるため、取材件数をしぼりました。
米国のスポーツチャンネルESPNのビジネスパートナーを務めるなど、米国のプロスポーツを日本でもっとも知る方である日置貴之さんと、ちょこちょこと情報交換をさせてもらったり、弊社のイベントにも参加してもらっている横浜DeNAベイスターズの広報チームから河村康博さんに取材させていただきました。
■表紙のことば
SOMETHING MUST CHANGE!!
どこの街にも必ず横丁と呼ばれる小道があって、鬼ごっこ、縄跳び、メンコ、缶蹴りとか、子供たちのいろんな遊びはすべて、そこが会場だった。僕が好きだったのは、「角ぶつけ」だ。
道の段差の部分にボールをぶつけ、もうひとりがそれをキャッチしたらアウト、取れなければヒット、向かい側の塀を超えたらホームラン。僕たちは来る日も来る日も角ぶつけをした。チーム戦にしたり、どの角度であてると一番飛ぶか、守りの位置や動きをみてその逆サイドを狙うなど、僕らの角ぶつけは、元ネタである野球とは少し違う方向に進化していった。
ある日僕は父の友人に連れられて、はじめてのプロ野球観戦に行った。幅4メートルの横丁がホームグラウンドだった僕には、スタジアムは途方もなく大きな会場。スタンドの上の方の高い場所に人が座っているのを見て、落ちてこないか心配していた。試合中におじさんが昼間なのにビールを飲んだり、カップルが仲良くしてたり、ちょっと大人の世界を垣間見た気になってドキドキした。その試合観戦の影響というわけではないけれど、僕はチームに入り、本物の野球をはじめた。
あれから月日がたち、野球少年だった僕は、野球しないおじさんになった。今回の特集でファンマーケティングのことを勉強した。そうだ試合を観に行こう。エンターテイメントとしての野球はいろいろな楽しみ方があっていい。あの時とは違うドキドキ体験があるかもしれない。行かなきゃなにも起こらない。
(写真提供:横浜DeNAベイスターズ)