ネパールYouMe School創設者シャラド・ライさんに聴く「なぜ、学ぶか」の原点 〜「縁と自分事の大切さ」に気づく 中原中学校国際交流イベント〜
5月29日、柏市立中原中学校の体育館には、全校生徒447名と教員、保護者らが集まり、国際交流会「無限大の夢ふくらむ学校を、僕の故郷ネパールに」が開催された。
学習のモチベーション その本質伝えたいと企画
交流会イベントに登壇したのは、シャラド・ライさん。ネパールの辺境に生まれたが、学びの機会に恵まれ、日本に留学する機会を得て、日本企業に入社。現在は、NPO法人YouMe Nepal代表理事として母国ネパールに恩返しすべく活動を続けながら、東京大学大学院で日本の教育システムを学び母国に持ち帰ろうと学び続けている。
この交流会は、中原中学校校長として4月に就任した藤崎英明先生が初めて企画した国際交流のイベントだ。遡ること半年前、藤崎先生はライさんと教育関連のイベントのスピーカー同士として出会い、学び続ける重要性と学びへの気持ちを改めて強く感じたことをきっかけに、いまの中学生たちにも伝えたいと熱望し、赴任早々に国際交流イベントとして企画し実現したもの。「何より、学習のモチベーションについて、その本質を子どもたちに伝えたかった」と語る。
国際交流会は、給食後の5〜6校時の平常授業を総合学習に切り替えて展開。ライさんが全校生徒の集まる体育館に、ネパールの正装で立ち、柔らかな笑顔で「ナマステ」と挨拶すると、生徒らは少し恥ずかしそうに「ナマステ!」と返し、和やかな雰囲気のなか、講演はスタートした。
10才のとき起きた奇跡
講演でライさんは、「国づくりは子どもたちの未来づくりから」をテーマに、インド北東部と中国に挟まれた内陸の国で、世界一高い山であるエベレスト山がある国であること、日本の餃子に似たモモという料理などに触れながら、ネパールのことをわかりやすく解説。そして故郷での学習環境について紹介していった。
ライさんの故郷は首都カトマンズから東へ220㎞に位置し、北にはエベレスト山を望むことのできるコタン群。ネパールでも田舎のほうで、電気もガスもなく、ベンガル虎も出没するという地域。ライさん自身は地元の学校には1時間半歩いて通っていたという。そんなライさんに転機が訪れたのが、10才のとき。ネパール全国で99人が選ばれる国立学校に入学できる1人に選出されたのだ。「奇跡が起きた」とライさんは表現する。それから小学4年から高校卒業までをカトマンズにあるその学校で過ごした。全寮制の学校で、長い休みのときに自宅に帰ったが、3000mほどの標高のある山を2つ越え、3日間をかけた里帰りだったという。
教育が必要な本当の理由
「いまの自分があるのは、国が学校へ行かせてくれたおかげ。だから、国に恩返しをしたい」という思いを持ちながら、どう恩返しをしたらよいか具体的に考えたのは、日本へ留学した大学生時代。自分の故郷の友人が何をしているか調べたところ、友達のほとんどが中学校を卒業できずにいたこと、中国、マレーシア、インドなど国外へ出稼にでていたことを知る。さらに調べるとネパールからは毎日1500人ほどが国外で労働し、その内容は12時間以上の過酷な労働環境であること、悲しいことに毎日3〜4名が亡くなって遺体で戻ってきており、ライさんの親戚でも2人亡くなった、という過酷な状況にも直面したことを語った。
こうした事実をライさんは「ニュースでみたり、ひとから聞いたりしたことではなく、自分の隣人に起こっている現実です」と言い、その原因を「教育」だと話す。実際に、ネパールの学校に私立もあるが、大都市のみで、学費が高い。8割は公立で、ほとんどの子供たちは公立に通うしかない。さらに公立の学習環境の質は低く、子供達が何時間もかけて通っても、時間通りに始まらない、教材の到着も予定より3〜4ヶ月後で、給食もない、などシステムやマネジメントに課題を抱える。2010年にライさんが調べた際には、地元の中学校で卒業試験を受けた71名全員が不合格で高校へは進学できなかったそうだ。その状況は3年間続いていたとも話す。
ライさんは、教育が必要な理由について、読み書きができるようになることだけではないと説明する。「教育というのは、自分の頭脳を使って、自分の人生をどう過ごしたいのか、どんなひとになりたいかと、自分の意思で、自分の1日、一生を生きることができるようにするためのもの」と柔らかく語気を強めた。
7名でスタート、4年で218名に
その気持ちを胸にライさんは大学4年の時、ネパールの故郷に学校を建てようと決心。バイト代20万円を貯め、現地で10万円の出資を募って、計30万円で2011年にYouMe Schoolを創設する。校舎と1人の先生と7名の生徒からスタート。4年後の2015年には新校舎をつくって、生徒は218名になった。また、2017年にはもう一つ別の場所にも学校を建設、210名が通っている。「もちろん最初から順調だったわけではありません」と、ライさんは当初、描いているビジョン、これからつくろうとしている世界を理解してもらうことに苦労したそうだが、時に笑われ、時に馬鹿にされることがあっても強い信念で楽しみながら続けていると笑顔で伝えた。
そして、ライさんはYouMe Schoolに現在通う生徒たちの学校生活について、うれしそうに紹介した。一番遠くて片道3時間半かけて通ってくる生徒もいる。ライさんは、日本の小学校・中学校で見聞きしたなかで、良いと思ったことは真似をして取り入れていると話す。和の心の教えとして、「時間を守ること」「約束を守ること」はYouMe Schoolでも学びとして伝え、自分の学校は自分たちで掃除するという習慣も実践している。
ライさんのみる未来
創設から8年で生徒数400名以上になったYouMe School。ライさんのみる未来はもっと大きい。「ネパールの子供たちは500万人います。いま、400人の子供たちの未来をつくっているけれど、500万人の子供たちにとって、全員にいい未来をつくりたい」として、現在はオンラインでの教育に力を注いでいる。ソフトバンクでの経験も生かし、インターネットの力で教育を提供しようと昨年から取り組んでいるものだ。YouMe Schoolの隣の群の市の、若くリーダーシップを持った市長と共に取り組み始め、オンライン教育に必要な発電機やインターネットのための設備の導入や必要な人員を派遣し、2つの公立学校でプロジェクトを行っている。
ライさんは、中原中学校の生徒たちに、最後に伝えたいこととしてこう伝えた。
「人生でなにをしたいか、まだ探している途中だと思う。やってみて、飽きて、別のことをやったりすることもあるかもしれない、実証実験の時期だと思う。大事なことは、そうしたトライをやり続けること」と言う。ライさん自身は、現在32才。「僕は将来、自分の国に帰って、たくさんの子供たちの未来をつくるために、国のリーダーになりたい、という夢があります。それが僕の人生で登りたい山。皆さんも自分の未来、どんな山を登りたいか、探し続けてください」
後半には、ライブ動画配信でネパールのYouMe Schoolの生徒たちと中原中学校の生徒たちをリアルタイムにつなぐ試みも展開。ネパールの通信回線は2Gと通信環境にギャップがあるため、声が届かずに対話がスムーズにはいかない場面にも、中原中学校の生徒たちは、大きく手を振って応答。一瞬、ライブ配信がつながると、中原中の生徒らは興奮したようすで、声を届けようと体育館中に響く元気いっぱいな「ナマステ!」の挨拶をした。
ライさんの講演、ライブ配信による交流のあとには質疑応答の時間が設けられ、「好きなネパール料理は?」「授業は何時間?」「日本の印象は?」「好きな言葉は」「不安はないの?」など質問が約30分間も続き、やむことがなかった。一つひとつの質問に丁寧に回答、終わるごとに大きな拍手が鳴る。とりわけ、さいごの質問にあった「不安」に対して、ライさんは、「サッカーのメッシ選手を知っている?メッシ選手にサッカーすることに不安かと聞くのと同じで、いま楽しいという気持ちしかない。不安はありません」という言葉には、感嘆の声が漏れ、大きく盛り上がった。
国際交流会で気づいてほしかった2つのこと
藤崎先生は、生徒たちにこの会のはじまりに、2つのことに気づいてもらいたい、としてこう話してからスタートしていた。
ひとつは、この会のきっかけになった“縁”について。
「ライさんとは教育イベントのスピーカー同士という共通項があっても、話すことはなかったかもしれない」と振り返る。Facebookでイベントへ登壇することを投稿したところ、教え子だった吉田真佑さんから「そのイベントに僕の同僚だったライ君も出るので話してみてください」とコメントがあって、縁がつながった。藤崎先生は「もし、吉田君の一言がなかったら、この場はきっとありませんでした」と点と点だった物事や人が、人を介してつながりをもつ“縁”の大切さを伝えた。そして、「もしかしたら、このあとさらに興味をもって知ろう、つながろうとすれば見聞を広げることができる」と縁が導く出会いの素敵さを説いた。
もうひとつは、ライさんのもつ“当事者意識”だ。
「自分の国の教育を変えようとしている姿から、熱量を感じてほしい」と話す。日頃、「日本は政治が悪い」などと聞いたり、あるいは「クラスが面白くない」「勉強がわからない。教え方がわかりにくい」と言っていたりとするならば、それを自分から変えようとしてほしい、ということだ。
同イベントには、ライさんと藤崎先生との縁をつないだ吉田真佑さんも参加。会の冒頭で、吉田さん自ら、元同僚としてライさんを紹介するとともに、ネパールとのライブ中継に使われた回線手配も、吉田さんが準備をした。ライさんが4年在籍し、吉田さんが務めるソフトバンクでは、社外活動を奨励しており、ライさんの活動も支援、吉田さんの国際交流会への参加も快諾している。
吉田さんはライさん在籍時に席を並べた仕事仲間でもあり、同イベントを企画した藤崎先生とは中学時代に師弟の関係で、先生がはじめて担任としてクラスをもった、教え子一期生でもある。吉田さんも藤崎先生とライさんをつなげたきっかけをつくってから、わずか6か月後に国際交流会の舞台をともにしたことを喜んでいた。
考え方、意識が変わった
国際交流会後、中原中学校の生徒たちが書いた感想文には枠いっぱいに感じたことやライさんへのメッセージが書き込まれていた。「他の人になにか言われてもあきらめずに、これからの国のことや、人のことを考え学校を作っていて、すごくかっこよかった。(中略)この講演を聞いて、自分の考え方とか、意識みたいなものが変わった」(中学3年生・男子生徒)、「今、私は進路を考えて、1歩ずつ大人へと近づいていこうとしている。そこでまよってしまったとき、ライさんのように、大きな目標を見つけ、そのブロックをどうにかしてくずせるようにたくさんの努力をぶつけることをしたい。」(中学3年生・女子生徒)、「あたりまえがあたりまえでないこともあると改めて知ることができた。今ぼく達はあたりまえがあたりまえのように今、この時間を過ごしている。自分たちにとってはあたりまえだとしても、あたりまえじゃない人もたくさん世の中にはいると思うから、このあたりまえのように生きている時間をもっと大切にいきていこうと思った。あたりまえがあたりまえじゃなくなる前に」といった声も聞かれた。ネパールのYouMe Shoolの生徒たちもライブ配信での交流を楽しんでいたようだ。
企画した藤崎先生が「学習のモチベーションについて、その本質を伝える」を目的と話していた同イベントは、教科書の活字やネットニュースの伝え聞いた情報ではなく、目の前のシャラド・ライさんから等身大の言葉として、生徒たちが聴き、笑い、内省し、対話して得た生きた学びの場となっていた。
(取材・文=樋口陽子*藤崎先生の教え子第一期生で、吉田さんと同級生)